藤村甲子園

 

言わずと知れた『男どアホウ甲子園』の主人公。といっても私が初めて彼を“見た”のは『大甲子園』だったんですが(『男どアホウ甲子園』の主人公として名前だけは知っていた)。なのでしばらくの間『男どアホウ〜』は甲子園が肩を壊して引退するところで完結したのかと思ってたら、なんとあれは『大甲子園』で初めて登場した設定だったとか。
『男どアホウ〜』のファンからすれば、甲子園がプロ三年目の開幕試合で故障→引退したことを通りすがりの記者?たちの会話の形で知らされ、直後甲子園球場のグラウンド整備員として現れる甲子園に驚き(この時点ではまだ整備員の正体は明かされてませんが、甲子園の引退が語られた直後なので外見や話し方からわかる人はわかったでしょう)、はっきりそれが甲子園とわかるに及んでその驚きが怒りに変わってもおかしくない展開です。それも引退後阪神のピッチングコーチにでもなったのならともかく、整備員という完全な裏方仕事。自ら生み出した投手のうちでも最強といっていい藤村甲子園に対してこの仕打ちとは、水島先生もずいぶん思い切ったものです。

しかし、『大甲子園』ではじめて甲子園を知った私としては、阪神の花形投手→整備員という、普通なら“落ちぶれた”と感じるだろう状況下で一切卑屈になることなく誇りを持って快活に働いている彼の姿に惚れ惚れしました。そしてあの岩鬼をさえ黙らせた眼光、特別凄むまでもなく全身から滲み出る迫力・・・大人の男の格好よさが『大甲子園』の藤村甲子園には詰まっていました。後に『男どアホウ甲子園』を読んで、「いくでえセニョール」なんて元気に叫んでる少年甲子園のアホっぷりに逆に違和感を覚えたくらい(笑)。

以前「無冠のヒーロー」で、あぶさんの超人化が気に入らないむね書きましたが、藤村甲子園の人生は、連載が長くなり年を経るほどに野球選手としても人間としても立派になりすぎていったあぶさんと対極にあると言ってもいい。
『男どアホウ〜』の時点ではスポ根マンガの主人公らしいデタラメな強さで一種スーパーマンだった甲子園は、プロに入って三年でその野球人生に終止符を打った。最後の一投で時速165キロという奇跡的スピードを記録し、その球のゆえに肩を壊して引退という伝説を作ったものの、新人王や最多勝を獲ったとも書かれていない(1年目32勝、2年目33勝とはありますが)彼はまさに“無冠のヒーロー”。長く現役で活躍できていたなら、その実力からいってまず間違いなくコーチに招かれていたでしょうが、まだ三年目に入ったばかりという年季の浅さからそれは叶わなかった(叶ったとして彼がそれを望んだかは疑問ですが)。
そして野球しかできない、野球をこよなく愛する男が少しでも野球に近い場所にいるために選んだ第二の人生が、彼の名の由来ともなった甲子園球場の整備員だった。現役を無冠のまま終えたこと以上にこの第二の人生の選択のありよう、わかりやすい栄光とは無縁の整備員の職を選んだところに“無冠のヒーロー”の面目躍如たるものがあります。

ちなみに甲子園は『一球さん』ラストの試合(巨人VS南波)にもゲスト出演してますが、時期的に見てこのときすでに野球は引退してたわけですね。観客席から弟たちに眼光一つで喝を入れるあたりも後の『大甲子園』に通じるものがありますが、球之進じっちゃんと一緒の場面が多いからか台詞が多いからか『大甲子園』の方が明るい印象です。おバカで向こう見ずだった少年が、野球ができなくなるという最大の苦悩を経て、酸いも甘いも噛み分けたいい男に成長した。ある意味理想的な年齢の重ね方をしてるように思えます。

 

ちなみに1999年、かつての掲載誌だった『週刊少年サンデー』の創刊40周年特別企画として『男どアホウ甲子園』の続編(読みきり)が掲載されました。『男どアホウ〜』連載終了から数えて実に24年ぶりの復活となります。
最初この読みきりの存在を知ったとき、甲子園が阪神ピッチングコーチの設定だというので『大甲子園』を無視したパラレルワールドなのかと思ったら、阪神監督に就任したばかりの野村克也氏に招聘されたそうなので『大甲子園』から何年も経ったのちに整備員から転身した設定のようです。
『大甲子園』の甲子園が大好きな私としては『大甲子園』の設定がなかったことにされたわけじゃないのに安堵し、同時に結局甲子園が元野球選手の王道的ルートに行ってしまったのに寂しさも覚えたのですが、読みすすむうちに教え方が実に感覚的な、「もっとガバーッと」といった表現であることやバンカラな気質から、“時代おくれ”“なぜ今さらコーチに”など選手たちからもっぱら嘲笑を受けている姿に再び安堵しました。

嘲笑されている姿に安堵というと変みたいですが、誰からも不自然なほど称賛ばかりされている近年のあぶさんや『スーパースターズ』編の山田たちと違ってむやみと優遇されていないこと、さすがに甲子園もそうした回りの目に気付いてないわけじゃないだろうにそんなことはどこ吹く風で陽気に自分流を貫いていることに、『大甲子園』の彼と同じ匂いを感じたのです。
試合に飛び入りして一球のみ投げる嬉しいサプライズもあり(選手登録されてない甲子園がマウンドにあがるのをその場の状況と彼の性格に即してごく自然と感じさせる演出も上手い)、その一球がせいぜい140キロ台なのもリアリティがあるし、それが甲子園の自己申告だというのが―選手生命を絶たれたほどの故障を負ったのだから当然とはいえ、全盛期には160キロ台すら出せた彼が今の自分の力をごく冷静に捉え笑顔で語れることが―実に格好良い。
この一球を通しての指導成果から甲子園の株が少し上がったところで物語は幕を閉じます。大絶賛を浴びるのでなく“少しだけ”評価が上がるというのもまた良い。おそらく甲子園がピッチングコーチを務めるのは一年そこらだけで、その後はまた甲子園球場の整備員に戻るんじゃないでしょうか。

ほかの主役級キャラと比べて甲子園ばかりやたらに過酷な設定を負わされてるのは、『男どアホウ〜』には原作者が別にいて一から水島先生が作ったキャラでないゆえに先生の愛情が薄いのかな?と想像したりするのですが、だとしたらその愛情の薄さに感謝せざるを得ない。王道を行かず裏道を朗らかに歩き続ける甲子園は初期のあぶさんにも通ずる、人生の重みを感じさせる大人の男の魅力に溢れているのですから。

 

(2012年2月11日up)

 

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