『ドカベン』との出会い

 

初めて『ドカベン』を手に取ったのは一年と数ヶ月前、2008年の8月でした。もちろん『ドカベン』というマンガの存在自体は知っていましたが、子供の頃図書館で無印のコミックス表紙(たぶん山田の絵だった気がする)を見たときの「泥臭い野球マンガっぽいな」という印象を、実際に読むことのないまま、ン十年抱きつづけてきたわけです。

それがふとしたきっかけから今さら無印ドカベンを読んでみたわけですが・・・まさかこんな萌えどころ満載の作品だったとは!(笑)。

昔、表紙の絵柄を見たときはちばあきお氏の『キャプテン』『プレイボール』(当時『キャプテン』はアニメを見ていて、その後『プレイボール』ともども原作も読みました。どちらも好きな作品です)系の、地に足のついた、その分地味で堅実な野球マンガなんだろうと思ってたんですが、「非魔球系」で捕手のリードや試合の駆け引きを細かく描いてるには違いないものの、キャラの立て方や視覚効果、状況の設定に読者を引きつける派手な要素が多分に盛り込まれまくってました。

しかもこの「読者を引きつける派手な要素」が多角的。各キャラの立ち方については「『ドカベン』の革新性」(1)〜(3)でも書いたんですが、そこで触れなかった部分として里中というキャラの特異性について少し。

おそらく彼はそれまでの野球マンガになかったタイプのキャラだったんじゃないかと思います。ケガを押して戦うというのは『巨人の星』の飛雄馬も『キャプテン』の谷口くんも、『ドカベン』内でも山田がしばしばやっていますが、彼らのあくなき闘志と悲愴さには読んでいて燃えたのに対し、里中だと「燃え」より「萌え」(本来あまり好きな言葉じゃないんですが)になってしまうというか。

痛みに耐え戦い続ける男の姿は、たとえば決して二枚目とはいえない山田でも一種色気のようなものを感じさせるんですが、マウンドやベンチ、一塁ベース上で朦朧と半眼開きになり、投げ抜く意志は固くても不安に青ざめ時に涙ぐみさえする情緒不安定ぶりを露呈する里中は、何とも危なっかしくそれゆえにたまらなく色っぽかった。
里中のケガ第一号になる高一夏土佐丸戦で一気に(特に女性読者による)里中人気が盛り上がったらしいので、これは私だけでなく里中ファンには結構共通する感覚なんじゃないかと思います。
(評論家・作家の中島梓(栗本薫)さんが『美少年学入門』という本の中で里中について「あの頭に巻いた包帯の白さが何ともいえない」と書いてますが、いわば綾波レイに20年先立つ「包帯萌え」キャラだったわけだ)

それはもちろん彼の容姿による部分も大きい。たとえば星飛雄馬はいかにも少年マンガの主人公らしい太い眉の童顔二枚目顔でしたが、里中は主人公顔のパターンに外れて(そもそも主人公ではないから当たり前なのだけど。そういえば山田はじめ『ドカベン』の中心人物にはいわゆる主人公顔がいない。一番ヒーロー系の顔立ちなのはライバル白新高校の不知火守じゃなかろうか)、女顔の美少年タイプ。
顔だけみたら女の子のような里中だけに、ふらふらしながらマウンドを死守する姿がなお悲痛にも色っぽくも映るのではないかと。

あと上であげた「視覚効果」なんですが、昔は泥臭い絵柄だと思っていたものが、実際に読んでみると非常にスタイリッシュなのに気がつきました。おそらく当時の野球マンガ・スポーツマンガとしては画期的なレベルなんじゃないでしょうか。

初期は比較的劇画調で線が太く画面も黒々した感じだったのが、高一夏甲子園あたりからどんどん洗練されて見やすくなっていった。それに平行してやや不気味な感じの外見だった岩鬼や殿馬の顔にもずいぶん愛嬌が加わった。
そして何より打撃や投球のフォーム、試合の中での動作のいちいちがデッサンが狂うことなく描かれている。
とくに打者のスイング時、当たりの程度によって足の角度(そこに表れる体重のかかり具合)もちゃんと描き分けられているし、ホームラン級の当たりのとき、踏み込んだ足が蹴立てる土の跳ね方も絵に迫力を加えている。
体のどの部分にどう力が入っているのか、力の入る位置がどう推移するのかがコマ毎のモーションの中でちゃんと描かれているので、読んでいて非常な臨場感があります。

またコマ一つ一つを作品から切り離して一枚の絵として見ても完成度が高い。とくに1ページ丸々使った大ゴマなどは思わず見惚れてしまうものが少なくないです。
(高二夏白新戦で山田を抑えた不知火が右手を高く掲げるシーンなど実に格好良い。あと高一夏東海戦での岩鬼の特大プレイボールホームランの瞬間とか)
アニメ版『ドカベン』の第三期エンディング「太陽の子」では水島先生のイラストをアニメの絵と交互に組み合わせて使っていますが、水島絵が出た瞬間にその美しさに溜息が出ました。アニメ特有のペタッとした塗りの絵を見てきた後だけに、淡い濃淡の付いた柔らかな質感の絵が本当に綺麗で。かつて泥臭いなんて思ってたのが嘘のようです。

そしてこのスタイリッシュな絵柄のおかげで、『ドカベン』はスポ根マンガ的汗臭さも薄い。たとえば『巨人の星』でバッテリーが、ライバル同士が涙を流しながら抱き合う場面の「濃さ」、汗臭さが、同じように涙ながらに抱き合っていても『ドカベン』には希薄なのです。
まあ『ドカベン』では抱き合うシーンはほぼ里中・山田のバッテリーの専門で、一方の里中の見た目があの通りだから、この二人が抱き合っていても一向汗臭くならないのは当然なんですが。そのあたりに『ドカベン』が当時の野球マンガとしては珍しいほどに女性人気も高かった原因があるんではないでしょうか。

そして最後の「状況の設定」。現実的なルールの範疇で「まさかこんなことが起こるなんて」と読者を驚かすようなシチュエーションというのが『ドカベン』にはしばしば出てきます。
具体的には高二春の土佐丸戦での「審判がボールをこぼし、どれが試合で使っていたボールがわからなくなる」エピソードや高二夏白新戦の「審判が倒れたために捕球がダイレクトかワンバウンドか判定できない」など。有名な「ルールブックの盲点の1点」もそうですね。作中人物と一緒に読者も「どうなるんだこの場合」と本気で頭を悩ませてしまう。
いずれも現実にも起こり得そうな事例であり、とくに「ルールブックの盲点」は現実の試合で似たシチュエーションが発生するたび「ドカベンのアレ」と引き合いに出されているようです。

キャラクター、物語展開、絵柄。マンガを描くうえで最も重要な三要素において、ただ優れているだけでなくそれまでの常識を覆すような革新性を見せてくれた――それが『ドカベン』が今もって高校野球マンガの金字塔と言われる理由なんじゃないでしょうか。

 

(2009年12月22日up)

 

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