『ドカベン』の革新性(3)−明訓四天王のキャラクター配置(岩鬼・殿馬編)

 

さらに第一話から山田の相棒的ポジションで登場している岩鬼。おそらく最初は野球マンガに移行したら(いずれ柔道マンガから野球マンガに代わること自体は連載開始時から決まっていた。それも野球をはじめるのが中学三年になってからなので、中学野球はあくまで序章で高校野球が本編という考えだったものと想像されます)岩鬼に山田とバッテリーを組ませる予定だったと思われますが、鷹丘中学時代のバッテリーがあまり上手く機能しなかったのか(破天荒な岩鬼のキャラクター上、球に威力はあってもコントロールはダメという設定にしたんでしょうが、コントロールに難があると山田のリードが生きてこない)、高校以降はサードにコンバートすることに。

岩鬼といえば守備よりもまず打者としての、ストライクはまるで打てないのにくそボールは必ずと言ってよいほど打つ「悪球打ち」のインパクトが強いと思いますが、高校初の試合でこの設定が確立されたことで、いかにも規格外の岩鬼のイメージに叶った形で彼の活躍の場が確保されることになりました。
「当たれば大きいがたいていはハズレ」なので、コンスタントに長打を放つ頼りになる男山田と役どころがかぶることもないし、ダメなシーンが続いた後に大ホームランが来るので、ためてためて一気にもっていくカタルシスがある(高一夏の甲子園決勝戦で連続三振記録の後にプレイボールホームランをかっ飛ばしたのが代表例)。
高二春以降出てくる自ら悪球を作り出すための工夫(一年関東大会のアレは実質山田の発案なので数えなかった)も見どころ。

守備についても「当たれば大きいがたいていはハズレ」の法則はやや適用されていて、ときどきつまらないエラーをしたかと思えば、大ファインプレーを見せてくれることも(打撃に比べ守備はハズレ率が少ないので「やや適用」とした)。
それも殿馬とは違って、フェンスに体をめり込ませてファール球を強引にキャッチする(高一夏いわき東戦、高二夏白新戦など)ような力技が目立つのも彼の個性に見合っています。

同時に上述のいわき東戦のシーンに見られるように岩鬼にはルールをよく知らない―あるいは一応知っていても「これを取らなきゃ男じゃない」といった自分の美学を優先させる―ゆえの非常識なファインプレーがしばしば出てきます。有名な「ルールブックの盲点の1点」などまさにそう。
岩鬼の非常識な暴走が非常識ゆえに相手の虚をついてファインプレーとなる。試合以外のシーン描写でも、普通ならそうそう起こりえないシチュエーションを岩鬼を使ってなら違和感なく描ける(私自身、『ドカベン』の架空試合小説を書いてみて、岩鬼の非常識に助けられた場面が多々ありました)。
水島先生が『ドカベン』最終回掲載時のコメントで「岩鬼が出てくると自然とストーリーが動いた」というような内容のことを書いてましたが、普通なら言わないことを言いやらないことをやる岩鬼が、トリックスターとして『ドカベン』のストーリーを引っ張っていたのだと思います。

(ちなみにストーリーの中のドラマティックな部分の核になっていたのは里中でしょう。もともと弱々しげな外見に加えてケガを負ったりと悲劇のヒーロー性を帯びた里中を中心に据えたドラマを岩鬼の破天荒な言動が盛り上げていくような。高一夏土佐丸戦がそんな感じ。
無印最終回が山田の活躍でなく、家庭の事情で中退する里中と彼を掟破り?の帽子脱ぎで見送る岩鬼で締めくくられるのは、思えば無印の王道パターンにのっとっていたんですねえ)。

 

岩鬼同様打撃と守備の双方に能力を発揮しながら、岩鬼の力技と対照的に技術で魅せてくれるのが殿馬。
登場当時からの描写の変遷を見るに、殿馬は最初から「山田・岩鬼とともに高校野球で大活躍する名セカンド」として設定されていたわけではなく、特徴的な外見と「づら」喋り、岩鬼へのツッコミ役として鷹丘野球部の中でも一番キャラが立っていたため、そのいかにも癖者ぽい存在感を活かして「秘打 白鳥の湖」なる必殺技を出してみたらこれがすっかりハマってしまい中学で使い捨てるには惜しいキャラクターに成長したので(おそらくは卒業間際のシーンで何となくピアノを弾かせてみたことからピアノの天才という設定も付け加えて)、高校編にも出すことにしたんじゃないですかね。物語を描くなかで自然と組みあがっていったキャラクターというか。

殿馬の一連の「秘打」は非魔球系(人間離れした必殺技が出てこない作品)とされる『ドカベン』にあって一番必殺技っぽいケレン味のあるものですが、一応の物理的な説明がなされているし、自分やライバルの身を危険にさらすもの(魔球−必殺技はなぜか命がけで繰り出されるものが少なくない)でもない。人間業として納得できる範疇のものにとどめられています。
山田と里中が頭を使った緻密で堅実な野球をしているのに対して、岩鬼と殿馬がケレン味ある派手なプレーと言動で野球シーンでの「華」の部分を受け持っている。ほぼ同時期に連載されていた、やはり非魔球系の野球マンガ『キャプテン』『プレイボール』に比べて『ドカベン』が華やかな感があるのは後者二人の活躍に負うところが大きいと思います。

いつしか「明訓四天王」と呼ばれるようになったこの4人は容貌や体型も見事にかぶるところがなく、外見的特質がプレーヤーとしての彼らの個性に直結している。四天王の個性が上手く噛み合い作品を盛り上げていったところに『ドカベン』大ヒットの秘訣があったのではないでしょうか。

 

(2009年12月22日up)

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