『ダントツ』考

 

このところ『ダントツ』連載当時のチャンピオンのバックナンバーを読んでたんですが、そこで「おや?」と思ったことがちらほら。

まず『ダントツ』が雑誌の表紙を飾る回が非常に多いこと。特に荒木新太郎が光のエースに定着したあたりからは2、3話に1回ぐらいの割で表紙になってるんじゃないか。『ダントツ』は『大甲子園』に関連した作品の中で唯一文庫化されてないので、それほど人気なかったイメージがあったんですが、こうしてみると人気がないどころか当時の看板連載の一つだったのがわかります。
まあチャンピオン自体が『ドカベン』『がきデカ』『マカロニほうれん荘』『ブラックジャック』と今も語り継がれるような大ヒット作品が掲載されてた時期に比べるとかなり下降線に入ってたんだろうとは思いますが。往時は4大週刊少年マンガ誌の中でも部数No.1だったようだし。

(元『週刊少年ジャンプ』編集長の西村繁男氏は著作『さらば わが青春の『少年ジャンプ』』の中で、チャンピオンは「表紙に誇大な発行数を刷りこみ、あたかも『少年ジャンプ』を凌駕しているごとく読者を惑わせていた。ジャンプは公称部数も自称部数もなく、正確な実部数を社外に公表するのをモットーとしていたので、『少年チャンピオン』の誇大数字は不愉快だった」と書いてるので公称部数をそのまま鵜呑みにはできませんが、1980年前後に刊行された本(秋田書店刊ではない)に若者を対象にした〈どんな雑誌をよく読んでいるか〉というアンケートが載っていて、マンガ誌では『週刊少年チャンピオン』が一位だったのを見たことがあるので、当時は『チャンピオン』が一番売れてたと考えていいでしょう)

この表紙もダントツと荒木のツーショット(荒木の方が前面にいる)や荒木単体というのもあったりで、『ダントツ』の人気の少なからぬ部分が荒木の人気に負っていたのがうかがえます。読者からのお便りコーナーにも荒木ファン(ほぼ女の子ばかり)からの投書が毎週のように載ってました。

ここで一つ意外だったのは〈里中くんが好きだったけど最近は荒木くんに乗り換えた〉と書いてる人が一人ならずいたこと。確かに顔の系統は似ていますが、性格も表情も荒木と里中では全く違っている。私自身里中ファンで荒木も大好きですが、好きの種類がおよそ異なっていて里中を見ていて感じるような切なさを荒木に感じることはついぞない。だから里中が好きという人がそのまま当たり前のように「荒木が好き」に移行できるのが何だか不思議に思えたのです。

この「切なさ」ですが、たとえば里中の場合では定番シーンといってよかった試合中のケガを荒木はほとんど経験しない。一度だけ打球を素手でキャッチして球の回転に手の平をえぐられ出血、という場面がありましたが、痛みに負けずアウトを取りにいったガッツプレイ、といった扱いだけで、手の痛みを押しての苦投とか投手力が落ちたためのピンチとかそういう展開には全くならなかった。
里中の場合、高一夏と高二春の対土佐丸戦で頭部のケガを押してホームまで走った根性や意識朦朧としながらの懸命のピッチング、涙ながらの自主降板、ツキ指の痛みと投げられる球種の少なさに心身ともボロボロになってゆく姿やそれでも投げたいと救護室の看護婦さんを説得する必死さ・・・多くはケガや故障のシーンを通じて描かれた彼の情緒不安定さとそこから滲み出る危うい色香、背後にある野球への飽くなき情熱――そういった部分にファンは主として惹きつけられたんじゃないかと思うのです。
荒木には良くも悪くもこれらの要素は皆無、というか意識的にあまり内面が描かれてないように感じます。試合の中で言葉に出さない(直接のプレイに関する)心の声はしばしば出てきますが、心情を語るようなモノローグがついぞ出てこないのもそうですし、前半でダントツが訝ってた彼の家庭環境―自ら苦学生を名乗っているのとそのガメツさからしていろいろと事情ありげ―についても最後まで語られることはない(『大甲子園』で母親が出てきましたが彼女の語る範囲では普通の家庭にしか思えない)。そういえば荒木の涙を見たことすらないような気がします。『ドカベン』ではクールな殿馬さえ最後の最後、退学する里中を見送る時は(ピアノを弾きながら)涙ぐんでいたのに。

切なくなるようなシーン、シチュエーションの描写が避けられてるのは荒木だけではなくて、これは『ダントツ』という作品全体の傾向といえる。荒木以上に正体の謎めいている捕手の竹馬(当初の神出鬼没ぶりや物事をすべて見通してるかのような頭脳の冴え、ダントツの家を合宿所代わりにした野球部一同の食事の支度を一手に引き受けた料理の手際など)についてもその能力の所以は描かれなかった。その他のキャラクターも家庭環境ほか内面には一切踏み込んだ描写がない。
主人公のダントツにしてさえ、序盤は臨月近い奥さんとの生活の安定を危うくしても野球部監督を引き受けるかで迷ったり、プロテストを受けに行って現在の自分の実力を思い知らされたり(すっぱり堂々とした態度で負けを認める姿がかえって内心の悔しさを際立たせている)の場面があるものの、野球部監督になってからはチーム作り、試合上の戦略などもっぱら野球に関する悩みだけで、精神的な葛藤といったものはほぼ描かれない。大きな問題になりそうだった“奥さん+お腹の子供と野球とどっちを優先するのか”も奥さんが早々に家出して実家に帰ってしまった(ダントツが野球に集中できるようにという気遣い)ことで遠景に引いてしまう。もともとうじうじ悩む系のキャラでもなし、その後は奇策とラッキーを武器にした明朗快活な光高校野球部の快進撃の物語が展開されてゆくことになります。

 

ところで上述の読者の投書を見ると連載の中盤ごろから“光と明訓の対決を見たい”というものがちらちら寄せられている。見たいを通り越して、当然水島先生は両校の対決を描いてくれるんだろうと確信してるかのような手紙も一つならずありました。『大甲子園』の構想は自発的ないし周囲の助言によって生まれたんだと思ってましたが、案外これら読者の手紙が発端だったのかもしれません。
かくて連載開始した『大甲子園』ですがこれは完全に明訓目線で、先日まで主人公だった光高校はライバルの一校という位置に引いてしまっている。明らかに巨人学園や青田高校より扱いが低いし。
唯一、対明訓以外の(甲子園での)試合の様子が詳述されてるという点は一応元主人公チームへの配慮だったのかもですが、光対明訓の対決を願う手紙を出したファンたちは(『ダントツ』という作品や荒木に対する愛が大いに感じられる内容だっただけに)『大甲子園』の展開に満足・・・できなかったでしょうねえ。

 


(2012年5月5日up)

 

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