『大甲子園』について(2)

 

(1)でもちょっと書きましたが、『大甲子園』は水島高校野球マンガの夢のオールスター対決であると同時に、続『ドカベン』としての性質も持っています(もちろん『球道くん』『一球さん』『ダントツ』の続編でもあるわけですが)。結果的にここでもう一つ『ドカベン』ファンにとっての“夢”が叶うことになった。それは里中中退で終わるアンハッピーエンドではないもう一つの『ドカベン』世界の誕生です。
「高三春・土佐丸戦〜最終回」で書いたとおり、里中の中退―夢の時間の終焉―で終わるからこそ『ドカベン』ラストはああも哀しく美しいのですが、同時に多くのファン、とくに里中ファンは高校を辞めない里中、明るく元気に野球を続けている里中、というものを夢想せずにはいられなかったんじゃないでしょうか。
それが〈中退を休学に変更する〉という力技によって実現してしまった。これは萌えずには、いや燃えずにはいられまい。『大甲子園』は水島オールスターという意味でも“夢”の世界ですが、その幻の甲子園を舞台にもう一つの夢も現実化してくれたのです。

だから『大甲子園』のトーンはどこまでも明るい。特に無印では主にケガが原因で情緒不安定に陥ることも多かった里中が、ここではやはりケガや体調不良に悩まされつつも精神面では非常に安定している。それは頭と足にケガを負いながらも敢然と投げ続けた青田戦に顕著です。彼が荒れる場面というと復帰直後足腰の衰えにショックを受けて無茶な投げ込みをする場面くらいで、それも山田が現れ食事抜きでの徹底練習を言い渡すまでのこと。高二春土佐丸戦のような見ていて胃が痛くなるような悲壮な展開はついぞ出てきません。山田のロッテ逆指名事件についても高野連からちょっと注意を受けたくらいで長期化・深刻化することはなかった。ファンの夢を具象化したかのようなこの物語に欝展開はふさわしくない、そういうことなんでしょう。

『大甲子園』完結から10年近くを経て『大甲子園』の設定(里中の復学など)を前提とした『ドカベン・プロ野球編』が描かれたことで、『大甲子園』は『ドカベン』ワールドの続編として正規に位置付けられることになりましたが、それまでは読者の心の中で『大甲子園』は、無印続編というよりあくまで番外編・特別編と見なされていたんじゃないか(当時を知らないので勝手な憶測になってしまいますが)。“こんなことが起きたらいいな”のifの世界。だから本当はやはり里中は中退したままで、野球がしたくてしたくて、それを懸命にこらえながらどこかで働いてるのかもしれないし、里中を失った山田たちは四度目の全国優勝どころか甲子園出場さえ叶わなかったのかもしれない。そんな里中の、山田の、そして読者の“もう一度みんなで野球をやりたい”“みんなで甲子園に行きたい”想いが見せた壮大な夢が『大甲子園』という物語――そんな妄想まで浮かんできます。
明訓優勝で、みんな笑顔のうちに幕を閉じる『大甲子園』は無印とは対照的なこのうえないハッピーエンドですが、この世界は無印ラスト以降の彼らが見た夢なのかもしれないと考えると、無印とはまた違う、ハッピーエンドだからこその切なさを感じてしまいます。まあ『プロ野球編』を経た今となっては、もはや夢ではなくこれが公式設定なわけですけどね。

 


(2011年11月4日up)

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