中学柔道編

 

主人公山田太郎の鷹丘中学編入から『ドカベン』という物語は始まる。主人公ないし重要キャラの転校から幕を開ける話は数多く、その場合彼または彼女はカリスマ的魅力を持っていることがしばしば。山田も一見した派手さはないもののやたら泰然自若とした落ち着き、転校初日から学園の番長格である岩鬼と揉め事を起こす→一種の友情が育まれるなど主役にふさわしい存在感を示しています。
特に山田というキャラクターを際立たせているのは彼の、人の良さというだけでは片付けられないような超善人っぷり。善人すぎて行動が突飛というか繰り返し周囲の意表をついてくれます。しょうもなさすぎる理由で決闘を申し込んできた岩鬼をかばって逆に自分の不明を謝ったり、いかに妹を可愛がってるにせよ彼女を手の平に乗せて一緒に大声で歌いながら町中を歩いたり(もっとも一人で出かけるときも「ピンポンパン体操」歌ってたので単に自分が好きなだけか)。
高校野球編に入ると“実は腹黒”説が語られるほどに勝負に容赦ない策士ぶりを見せる山田ですが、このころはのんびりしたもの。前半の柔道編、後半の野球編とも中学時代のエピソードは山田・岩鬼の学校生活や家庭生活が自然に描き出されていて、年中野球部の合宿所で暮らしてるだけに野球描写に特化した(野球以外の日常はほとんど出てこない)高校編とはまた別の趣きがあります。
『ドカベン』イコール高校野球マンガというのが世間のイメージでしょうし、私自身も(里中ファンだけに)高校編が『ドカベン』の真骨頂だと思っていますが、柔道部・野球部内と同じかそれ以上の分量をさいて長屋や岩鬼の豪邸、銭湯や近所の街並みを描いた、生活感溢れる人情マンガな中学編も大好きです。


・校長や教頭も恐れる岩鬼に掴みかかられても平然と意見する大河内。「ふたりが話をはじめるとドモリとリクツでふきだしが大きくなるのよ」と岩鬼の嫌うどもりの語を平然と口にする朝日奈。山田が現れる以前もこの二人はある意味岩鬼に正面からきちんと接している貴重な存在。ただ友好的とはいいがたいですけど。ところで大河内の下の名前は「光」だったりする。義経といい『スーパースターズ編』で登場した立花といい、「光」も水島ワールド定番の名称ですね。

・大河内・朝日奈が教室に入るとその日転校してきた山田が教卓に堂々と座っている。なぜ?

・「考える人」ポーズの理事長の銅像。現理事長が初代なんですね。しかしなぜそのポーズ?

・左右の拳で岩鬼をノックアウトする長島。格闘技をはじめ見るからに猛者な運動部の連中に袋叩きにされても平然としてる岩鬼を倒せるって・・・強すぎです。

・「岩鬼くん それだけのたくましいからだは暴力のためだけにあるんじゃないやろ」と言いながら岩鬼の胸板をナデナデする夏子。なぜか関西弁。最初のうちは山田やサチ子も時々関西弁だったりする。『ドカベン』の舞台は当初大阪を想定してたんじゃないか(大東市という地名が出ることからいっても)という話をネットで見かけましたが、当たってそう。
岩鬼はデレデレしながら「ほ・・・ほんまにゆたかな胸」とかいいつつ自分の胸を揉んでる。岩鬼→夏子はんは超純愛という印象だったんですが、この場面見るかぎりそうでもないかも。つーかヤバい人のようだ岩鬼。

・「あの人 おにいちゃんの友だち?」「うんそうだよ 岩鬼くんっていうんだ」「あっあの人 木を食べてる」「バカだなあれはつまようじなんだよ ほら木枯し紋次郎がやってるやつ」「へえーっ人まねか」。山田兄妹の実にストレートな会話。岩鬼がハッパくわえてるのはもう当たり前すぎて、ときに揶揄されることはあっても教室でも球場でもとがめられることはないが、確かに「あの人 木を食べてる」だよなあ。異様な光景。しかし岩鬼にとって自分を友達だとはっきり言ってくれた人間はもしかして初めてだったんじゃないかなあ。

・「しあわせそうな兄妹の歌を背にして 岩鬼はひとり天をあおいでむせび泣く うらやましくて泣くんじゃねえ 山田を殺せぬくやしさと夕日がおいらを泣かすのよ」。↑でモデルだと明言されてる(に等しい)『木枯し紋次郎』だけでなく『瞼の母』とか『次郎長三国志』など股旅物のヒーローのイメージが岩鬼には重ね合わされている。今読むとかなり浮いた感じを覚える人情物まんまのナレーションは連載(72年開始)当時は普通だったんですかね。

・「おじいちゃん うちにはどうしてお金ないの?」「ばかだなサチ子 お金がないから貧乏なんだろ 貧乏なのにお金があったらへんじゃないかな!」「あっそうか」。しっかり言いくるめられているサチ子。この会話微笑ましいなあ。

・「きらびやかなツバキのかげで花のあたまをさげ わびるようにきょうもひっそりと咲いていた そんな姿によく似た柔道部主将・木下次郎を人はわびすけとあだ名したのです」。このあだ名っていったい誰が命名したのか。到底中学生のセンスとは思えない風流さです。

・岩鬼が花園中学柔道部の四天王と野試合をやったことに苦りきる柔道部員たち。しかし山田は「岩鬼くんのまいたタネのおかげで四天王の得意わざを知ることができました」。とにかく物事のプラス面を見ようとする逞しさ。こうやって山田が岩鬼の勇み足をいい方向にフォローしてくれることで、岩鬼が次第に部の中に居場所を確保していくのは後の明訓野球部でも同じですね。

・山田は柔道部の特訓のため長島に頼んでボールを投げてもらう。この特訓、単に山田が柔道部員にボールぶつけるだけでもいいと思うんですが。自分とのバッテリーを切望する長島の思いにちょっとは報いてあげたかったんだろうか。まあ後で野球編に移行するときのために、長島と野球部をたびたびストーリーにからめておく遠謀深慮の一環なんでしょうね。しかし変化球200球投げさせるとは過酷な。長島が後に肩を壊したのはこれがたたったんじゃ・・・。

・山田家一週間ぶりに銭湯へ。一週間ぶりって・・・。幼い、それも女の子のサチ子や枯れつつある祖父はまだしも、体育会系中学生男子がそれはかなり臭そうです。

・「あの岩鬼くんは病的なほど戦闘攻撃型ですよ これは生まれつきだと思います(中略)きのうの逃げる特訓ではやたらとぼくの投げるボールにあたっていました たとえ相手がボールでも逃げるということがいやなんですよ・・・」。後に山田が見出した悪球打ちの才能に通じる理屈です。

・影丸に負けたことをサチ子がちくった件について「小生 お・・女に裏切られたでやんす」という岩鬼。少し後でサチ子と一緒に風呂に入ることに抵抗を示したのもそうですが、岩鬼にとってサチ子は最初っから「女」なんですね。高校時代も一人だけサチ子のヌードに反応してたもんな。

・岩鬼が逆上してサチ子を探してると聞いた山田は「しぱらくほっておこうよ」と平然たるもの。「な・・・・・・なんだって きみの妹が岩鬼にやられてもいいのか」「さっきぼくのいいかけた練習をあのふたりがみせてくれるかもしれない」。この放任主義には驚きます。岩鬼が本気でサチ子に暴力をふるったりしないと信じているからかもしれないけれど。しかし結構岩鬼本気でかかってったように見える・・・。むしろサチ子の素早さしたたかさを信じていたのか。

・岩鬼講道館に直訴事件の直後、柔道部部室で状況を語る岩鬼の仕草を隣でサチ子がいちいち真似してる。まだ好意というより岩鬼のキャラを面白がってる感じでしょうが、とにかく岩鬼の言動が何かと気になってるわけですね。

・祖父と兄にだまって岩鬼のために高いサンマ入り弁当を作るサチ子。岩鬼が食べてくれなかったことに怒るのも、結局文句を言いながら全部食べてくれたことに涙するのも恋愛フラグに見えてきます。花園中学との試合当日の「サッちゃんめしだめしだ」「いやー」「えっ」「これぜんぶ岩鬼の分だから」なんてやり取りもモロ。山田は「サチ子のやつよほど岩鬼に食べさせたいらしい・・・そりゃそうだ岩鬼くんあんなにうまそうに食べていたもんな」などと考えていますが、あまりそのへんの機微を察してはいなさそうな。

・影丸の姉と長男の縁談について、「そんなことで破談になってたまりますか もしそうなったらこの岩鬼家はおわりです 影丸さんの融資なくして岩鬼建設の再興は考えられないのですから」と語る岩鬼母。岩鬼中学二年の時点ですでに岩鬼建設の先行きはヤバかったのか。実際に倒産したとき、影丸家はいったい何をしてたんだか。

・「こ・・・このどブスチビめ ひ・・・・・・ひさしぶりに言う気になったで・・・・・・ い・・・いつか殺す!!」とわめく岩鬼。岩鬼の「殺す」は山田に言うのと同様、親しみを感じていればこそ。

・「せ・・・銭湯いうたらお・・・男と女がい いっしょにはいるんかァ」「あたしはまだ子どもだからいいの」「あ・・・あほが わ・・・わいはな 夏子はんにかてハダカァ見せたことないんやで!!」。
ここのシーンを読むと、岩鬼が何かとサチ子のヌードに反応してるのは、金持ちで銭湯に入った経験がなかったあたりが影響していたかと。岩鬼をのぞく明訓野球部の面々は特に意識する様子もなくサチ子と一緒に入浴してましたが、庶民揃いとおぼしき彼らは幼い妹のいる北以外も銭湯で小さな女の子の全裸に接する機会が普通にあったんでしょう(70年代半ば頃、内風呂のない家はそう珍しくなかったはず)。
ちなみに殿馬も中学野球部に入るまで銭湯未体験だったわけですが・・・実はサチ子ヌードに動揺してたとしても、それを表に出す男じゃありませんね(笑)。

・「へえーっ夏子さんって長島さんが好きだったん わっ 紋次郎ちゃんといっしょ きゃああ紋次郎ちゃんかわいそ〜〜」。大騒ぎして嬉しそうに走りまわるサチ子。なぜ岩鬼の不幸(失恋)を喜んでいるのか。もしや夏子にフラれれば岩鬼は自分のもの、なんて深層心理が働いているんじゃあ。準優勝が決まったあとに岩鬼に話し掛けてきた影丸姉の美貌に「ちくしょうきれいだな」と面白くなさそうな顔をしてるのも、美人が岩鬼に親しげにするのに嫉妬したとか?

・サチ子が岩鬼に「肩車」=空中お手玉されて悲鳴をあげてるのを微笑ましげに見てる山田。助けろよ。

・「(服をもらった)お礼にキスしてあげるよ」「い・・・・・・いいよよせよ」「だってあたしうれしいんだもん」。賀間さんのホッペにチュッとするサチ子。明訓時代を見てもサチ子って結構キス魔ですね。そしてそれは高一夏白新戦直後を見るに多分に兄貴の影響のような。サチ子の頬にチューしまくってたからな。

・岩鬼vs軍司のケンカ。軍司たち3年生を心配して止めに走る山田とサチ子。「岩鬼くんは逆上すると見さかいがなくなるからこんどこそ重傷者が続出だ」(いくら岩鬼でも小学生相手に?)「そうおもったらもう少しはやく走りなよ」「うん」「サチ子ゲタをたのむ 先にいくぞ」。こんな会話の後、ゲタ脱ぎ捨てて走る山田にピューウウと速そうな効果音。しかし平気でゲタ抱えて隣を走るサチ子が「たいしてかわんないね」。全力で走っても小学一年のサチ子と並んでしまう=さしてスピードが変わらんとは何たる鈍足。

・岩鬼への対抗意識から柔道の段試験を受けにいく軍司。あくまで賀間の応援に来ただけで自分は試験を受けないという、二段を受けにきた大男と軍司がやりあったときも男を止めるだけでやりあわなかった山田のことを「まったくおめえの兄貴は弱虫だぜ」という軍司にサチ子は「おにいちゃんは強いんだってば」と懸命に抗弁する。でも全然軍司に納得してもらえずついに泣き出してしまう。「きみなんかもうきらいよ絶交」「ああきらいでけっこうだよ」なんてやりとりがいかにも痴話喧嘩めいて(それも子供らしくて)微笑ましい。
この場面、わあわあ泣いてたかと思えば軍司も山田たちもいなくなったとたんに「わあああ〜〜ん ちえっ」とたちまち泣きやんだり、賀間に放り投げられた軍司を心配してつい(絶交したばかりなのに)「大丈夫軍司くん」と声をかけてしまってから「あっ いけない」と口を押さえたり、子供であることを(プラス女であることを)武器にするサチ子のしたたかさと怒ってたはずがつい心配してしまう女心がさりげなく描かれていて、水島先生の“女”の描写力に感心してしまいました。

・軍司が段試験を受けるための金欲しさに自分をハメたと知った岩鬼は激怒。サチ子はあわてて「おにいちゃん岩鬼をとめて 軍司くんは柔道をしたかったんだよ 千円もって申しこんできたときの軍司くんとてもうれしそうだったもん」と山田を説くが、山田は軍司のやったことを知りながらそれを止めず今まで黙っていたサチ子を叱る。それでも「悪いのは岩鬼だ だまされた岩鬼が悪いんだも〜〜ん!!」と徹底して軍司をかばうサチ子。最終的には岩鬼の足を払って(自分の体でつまづくようにして)軍司を逃がしてまでやる。
最初期から岩鬼とフラグ立ってるように見える、『プロ野球編』では「(岩鬼は)将来の夫」宣言までしたサチ子が、この時は岩鬼が不当に罪をこうむってもまるでお構いなしでひたすら軍司を擁護している。軍司はサチ子に冷たい素振りしか見せてないというのに。ベタ惚れとしかいいようがないです。さすがに岩鬼から逃がしてもらうに至ってサチ子の想いが通じ、軍司は「あ ありがとうよ」と涙ぐんでますが。これだけサチ子といい雰囲気に持っていったのもかかわらず、この後間もなく野球編に入ると軍司くんはすっかり存在を消されてしまう。話に絡め辛かったからでしょうけど・・・ちょっと肩すかし。

・岩鬼から「おいどブスチビ う 売られたケンカはお 男なら買わなあかんぞ」などと言われたサチ子。「なにィ男」「みたいなもんやないけ」「ちっくしょう ついに頭にきたぜ」と岩鬼に殴りかかろうとするが、軍司がやってきたのを見て「おはよう軍司くん」とすっかりそっちについていってしまう。
軍司の前ではあのサチ子がすっかり大人しい女の子に。その後も「サチっぺうるせえぞ」と邪険に言われて「はいはい」と顔赤らめつつ笑顔で従ってたり。素っ気なくされても逆にそのマッチョイズムにシビれる、ってとこでしょうか。これはこれで可愛いカップルではあるんですが、自然体で振るまえるという意味ではやはり岩鬼のほうがお似合いかという気もします。

・軍司がバット持って野球部に殴りこみだと語ったことから、「野球っていえば長島さんどうしてるかな ぜんぜんあわないけど」「や やつァ野球部おんだされてからが 学校も来たりこなかったり ま まったくふまじめな男よ」と岩鬼の口から長島と野球部の近況が語られる流れに。なぜ岩鬼のほうが長島のことに詳しいんだろう。なにげに情報通?

・山田をクラスに訪ねてきた長島は、父の仕事の都合で転校すると話す。そして「きみとの思い出にしたいのだ ぜひユニホームを着てぼくのタマを受けてほしいのだ」とついに山田を野球場に引っ張りだす。小林登場、野球編への移行の前振りともいえる場面です。

 

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