Blue Age 2

 

山田の家を訪ねた帰り道、殿馬と一緒になった。

 

両手をポケットに突っ込み、ズラズラと両足を引きずるような変わった歩き方をする。うちとの試合の時もよく両足の下でボールを転がしていた。この飄々として掴みどころのない男に、興味はあるものの何を話しかけてよいかわからず里中が内心まごついていると、

「てめえもよ、野球やるづらか」

あの独特の訛りで向こうから声をかけてきた。

「ああ。ポジションはピッチャーだ」

「このあいだの試合のときはベンチにいなかったづらな」

なぜ自分が東郷の生徒と分かったのかと里中は一瞬驚いたがすぐに理解した。学生帽の校章を見て判断したのだろう。

「・・・補欠だからね。ベンチには入れてもらえなかった」

実際には去年の時点で野球部を強制退部させられたのだが、事情を説明するのも面倒なので、昨日山田に話したのと同じ台詞を繰り返した。

「東郷には小林がいるづらからな」

殿馬は気がなさそうに頷いて、

「それでてめえは、中学で戦えなかった分高校で山田と勝負がしたいんづらか。さっきの大男や、つば切れ帽子みたいに」

いきなり核心をついた質問をしてきた。

「いや、そうじゃない。ぼくの望みは山田くんとバッテリーを組むことだ。背が小さくたって山田くんが受けてくれれば・・・誰にだって負けない」

「野球は身長でやるもんじゃねえづら。小さきゃ小さいなりのやり方があるづらぜ」

淡々としたその口調に、チビチビと言われ続けた人の苦労も知らないで、と里中はむっとしかけたが、殿馬の方が自分よりもっと小さいのを思い出して言葉を呑み込んだ。自分も160cmに満たないが、殿馬はその自分より優に頭半分は小さい。せいぜい150cmそこそこじゃないだろうか。

彼も身長でいろいろと苦労しているのかもしれない。里中はこれまでにない親近感を隣を歩く男に感じた。

「殿馬くん、だっけ。山田くんの進む高校を聞きに来たということは、きみも山田くんと同じ高校で野球をするつもりなのかい」

「わからねえづら。そもそも野球部に入るかどうかも決めてねえづらよ」

「そうなのか?せっかくだから続ければいいじゃないか。才能ありそうなのにもったいない」

これはまんざらお世辞ではなかった。ボールの上に両足を乗せて歩くには軽業師なみのバランス感覚が必要だろう。そして「秘打・白鳥の湖」。バレリーナのように、一本足でくるくるスピンしながらボールを打つという離れ業によって、殿馬は小柄ゆえの非力というハンデをやすやすと超え、あの小林からホームランを放ったのだ。鷹丘ナインは山田と長島以外は皆野球初心者で、殿馬にしてもまだ野球歴は1、2ヶ月だ。それであれだけのセンスを見せたのだから、経験を積めば案外名選手に成長するかもしれない。

「おれの専門はこっちづらからな」

殿馬は両手を胸の下あたりで水平に構えると、ぱらぱらと指を動かしてみせた。

「・・・ピアノ?」

正直意外だった。目の前の男は到底ピアノなど弾く柄に見えなかったからだ。

――だいたいあの小さな手で鍵盤をちゃんと押さえられるのか?

「それなりの、やり方があるづら」 里中の内心を見透かしたように殿馬が言った。

確かにそうかもしれない。里中自身も身長相応に人より小さな手で、それでもフォークボールを投げることができる。関節が柔らかいのか、長さの割りに指が大きく広がるおかげだ。もちろんそれなりの修練は必要だったが。

殿馬も殿馬なりの工夫と努力でハンデを乗り越えたのだろう。納得すると同時に、別の疑問も浮かんできた。

「じゃあ何だってきみは、野球をやろうと思ったんだ?」

ツキ指でもすればピアノを弾くのに支障が出る。指にタコやマメができるだけでも演奏の妨げになるだろうに。

「まあ、なりゆきづらな」

相変わらず気のない調子で殿馬は言ったが、里中の脳裏には地区予選の時の状景がありありと甦っていた。

――試合中ベンチで好き勝手に遊び呆けていた鷹丘中の面々。チームメイトがホームランを打っても出迎えようともしない。いい加減で、脳天気で・・・ひどく楽しげだった。まるでバラバラのようでいて、「気ままである」という一点で彼らは繋がっていた。東郷野球部、小林たちの真剣に張り詰めた様子とは対照的な、常識に捉われないがゆえの軽やかな強さを彼らは持っていた。

その代表例が目の前の殿馬だ。岩鬼と言い争っているときも、バッターボックスの中でも、彼は生き生きと異彩を放っていた。ピアノを弾くのとは全く別種の心地好さを殿馬は見出したのだろう。仲間たちと駆けるグラウンドの中に。

「やっぱり、野球、やれよ」

どんな高校の野球部も鷹丘ほど自由勝手にやらせてはくれまい。しかしどこへ行こうと殿馬の個性は潰されたりしない。飄々とした顔で、とんでもないプレーをやってのけるに違いない。それは確信できた。

「考えとくづら」

殿馬は背中を向けたまま手を振ると、ズラズラと歩き去っていった。

――来年、どこかの高校でおれが山田とバッテリーを組むとき、後ろをあの男が守っているかもしれないな。

里中はしばし立ち止まって、小さな後ろ姿が遠ざかるのを見送っていた。


中学時代の話でとくにタイトルを思いつかなかったものは全部「Blue Age」と付けてるので、“1”とは特にはつながってません。里中と殿馬のツーショットはいい場面が多いなーと思います。

(2010年1月22日up)

 

 

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