−雨の日−
その日、例によって山田の進学先を聞き出すべく彼の家を訪ねた里中は、例によってかんばしい返事も貰えぬまま山田家を辞した。玄関の引き戸を開けるといつの間にか雨が降っている。
「雨か、しまったな」
「里中くん、傘ないのかい?」
「ああ・・・今日降るとは思わなかったよ」
「そうか、ちょっと待っててくれ」
三和土に下りてきた山田が何やらごそごそ探していたかと思うと、「これ、持っていきなよ」と何かを差し出した。
里中の目が点になった。流れから行けば傘が出てくるところだが・・・これは何だ?どう見ても丸い穴の空いたトタン板としか思えないが?
「・・・あの、山田くん。それ、何だい?」
「傘だよ。いや雨合羽かな。こうやって頭を通すんだよ」
説明しながら山田は丸穴にズボッと頭を通してみせる。通してみせながら「里中くんだとサイズが合わないかなあ。首回りが少し濡れるかもしれないな」などとつぶやいている。
――首回り以前に頭がずぶ濡れになるだろ!
あまりにもツッコミどころがありすぎるとかえって何も言えなくなるものかもしれない。里中が無言で硬直していると、
「うん、でもやっぱりこれ付けてった方がいいな。投手が肩を冷やしちゃいけないからね」
山田がにっこりと笑って雨合羽≠差し出してきた。
・・・・・・山田にホレて、山田のすべてを知ったはずのこのおれが・・・こんなことくらいで怯んでたまるか!
「そうだね山田くん。・・・有難く借りていくよ」
にっこりと笑い返した里中の顔が、それでも引き攣っていたのは無理もないところだった。
――こんな格好を見たら母さんは何と思うだろう。いやそれ以前に、この格好で家まで歩いて帰るのかおれは?
雨が縁起のいいジンクスは、中学生当時の里中にはまだ無縁のようであった。
(2010年3月5日up)
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