95年オールスター

 

『プロ野球編』初のオールスター。四天王は主人公特権で“あり”としても、無印の主だったライバルキャラまで軒並み一年目からオールスターに選出されてるというのはさすがに無理矢理な(笑)。しかしそのおかげでプロを舞台に普段はなかなか対戦できないセ・リーグに所属する選手たち(土門や影丸、犬神など)との再戦を味わうことができ、それ以上に土門−三太郎、不知火−山田のような無印でもプロ公式戦でもありえないバッテリーのコンビネーションを見ることができた。前者はまだしもオープン戦で対戦する可能性がありますが、後者は所属チームの枠を越えて強豪選手がチームメイトとして集うオールスターならではの見物でした。

そして何よりもファンを狂喜させたに違いないのが、久々に四天王が1チームに集結したこと(三太郎が敵チームなのが惜しい)。特に里中がプロ入り後ずっと二軍にいて通常ならオールスター選出は望めなかっただけに、その里中も加えての“明訓再来”にはテンションが上がらずにはいられない。実際明訓四天王復活・黄金バッテリー復活がこのオールスター最大の目玉だったと見えて、全体に試合経過が細かく描き込まれている中でも特に里中登板に始まる最終イニングは特に丁寧に描写されています。

とりわけ古田と山田の読み合い・裏のかき合いは実に緻密に描き出されていて非常な読み応えがあります。その妙味を引き出している最重要ポイントは里中の球の非力さ。球のスピード・威力で勝負できないがゆえに、その制限のなかでいかに戦うかという山田の知恵と度胸が活きてくる。「ドカベンの革新性(2)」で書いたように、“非力なかわり多彩な変化球と抜群のコントロールを持つ里中を山田が巧みにリードする”ことが無印『ドカベン』の大きな特長だったわけで、この古田の打席を初めとするオールスターの山田・里中バッテリーの奮戦は無印時代の魅力を存分に堪能させてくれるものでした。さらに古田・飯田の会心の当たりをそれぞれ殿馬と岩鬼がファインプレーで止めて里中を支える展開もまさに明訓時代の再来。緊張もあらわにマウンドにあがった里中が山田・岩鬼・殿馬の姿に「こ 甲子園だ」と思わず呟いたように、このイニングは意識的に『ドカベン』『大甲子園』的シチュエーションを多用しているように思えます。それがまた効果的感動的に決まっている。オールスターという舞台を見事に利用した一幕と言えるでしょう。

 


・高校の頃同様「しまっていこー」と元気に声をはりあげる山田に「頼むさけその少年野球やめてくれ オールスターまで来てみっともない・・・ パの恥や」と顔を赤らめる岩鬼。山田は正捕手伊東のケガで初めて公式戦でマスクをかぶった時(対戦相手はダイエー)も、「しまっていこー」と声をかけてダイエーの面々をずっこけさせていた(そしてやはり岩鬼に突っ込まれていた)。
岩鬼は「プロの野手に失礼やで!!」「みっともない」と言いますが、高校生さながらの爽やかスポーツマンシップという感じで微笑ましいです。

・最初の打者、それも最初のボールからいきなり超遅球を投げる不知火。予想外の遅〜い球に思わずつんのめって見送る打者野村。悔しさからもう一球同じ球のサインを出せと山田に要求するも、山田いわく「ご希望とあらば一応出しますけど多分不知火は首を振ると思いますよ」。実際不知火は首を振るのだがその結果投げた球はまた超遅球。山田に引っ掛けられたと思った野村は山田に怒り、山田は「えへへ」と苦笑(この表情が妙に可愛い)。
しかし不知火の様子から山田が引っ掛けたのでなく不知火のフェイントだと野村は気付き、この不知火の度胸なら三球目も超遅球と見積もるところへ岩鬼が「三球目もスローボールで行ってみい」と檄を飛ばしたために狙い球に自信がなくなってくる。そして結局内角からのシュートを見送って三振。
一球ごとの攻防の中に先輩を手玉に取った不知火の不敵さと、二球目の超遅球は自分の仕掛けだと野村が誤解したのを受けてわざと否定しなかった山田の機転、不知火の狙いを読み取ろうとするも岩鬼が横から声を掛けたために惑わされる野村の計算ミス、と三者の心の動きが鮮やかに描き出されています。こうした駆け引きの面白さは無印と変わりませんね。

・2回表、山田の打席を前にセの捕手がなんと三太郎に交代。それはピッチャー土門の要望であり、無印では幻に終わった土門−三太郎バッテリーがこんな形で実現する。まさにオールスターならではの妙味です。
ここで土門が自分を迎えに来たとき明訓が気に入ったからと断った三太郎が、実はゴムマリを握り潰した土門の握力を見て一瞬土門と組まなかったことを後悔したと初告白。この「一瞬後悔した」設定はまあ後付けでしょうが、実際土門ほどの投手の力の片鱗を覗いたのだから捕手として心が騒いだとしても不思議はない。
しかし土門本人に今さらそんな事を告白するって、なかなかに残酷です三太郎。昔っから三太郎は土門には何かとひどいんだよなあ。

・土門の剛球に対しファールで粘る山田。しかしキャッチャーフライになった球も三太郎は凡ミスで落球を続ける。三度目など「オーライ」と声をかけて走りながら主審に激突して取れないという・・・。
山田は一連の三太郎のミスが土門に自分を三振に取らせるための芝居(キャッチャーフライによるアウトではなくあくまで三振でアウトを取ろうとしている)だと見抜く。土門の望み(少し後で明かされる九者連続三振)を叶えるために、あえて間抜けな振りで土門をサポートする三太郎の男気(やっと三太郎も土門のためにいい事をした)を感じさせる場面ですが、その手段が“主審に激突”というのが何とも(苦笑)。無駄に痛い思いさせられた主審はいい迷惑です。

・オールスター前日に母校横浜学院を訪ねた土門は、明訓との試合を目前に控えながらすっかりたるみきっている後輩たちの姿に愕然とし、彼らに喝を入れるためオールスターで九者連続三振を達成すると約束した次第が回想の形で描かれる。
エピソード自体は土門らしい感じがしますが、「これが明訓戦を明後日に控えたチームかよ!チンタラチンタラしやがって」という怒り方は紳士な土門さんとも思えない。ただでさえ顔の怖い人だけにガラまで悪くなったらえらく迫力があります。

・三太郎の苦心も空しく、山田の打球はピッチャーフライに。結局は山田を抑えきったわけであり本来バッテリーの勝利とすべきところなんですが、殿馬の言うとおり山田を三振に取るための三太郎抜擢なのだからピッチャーフライでは失敗といわざるをえない。土門も三太郎も悔しさいっぱいの表情です。
しかし土門の思いは後輩たちに無事通じたよう。フライとはいえ他ならぬ明訓OBの山田に打たれたことで、後輩たちは翌日の明訓戦で土門先輩の屈辱を晴らそうとかえって奮起したので結果オーライというところか。土門らしいちょっといい話でした。

・セの攻撃は三太郎の打席が回ってくる。先にピッチャーフライを打たれた雪辱に燃える三太郎と山田の読み合いはなかなか見物で三太郎がセに行った意味があるというもの。しかし「山田の素直な性格からして」というのはどうだろうか。むしろ素直なのは三太郎の方だろう。

・殿馬が守備位置を動くことで三太郎を引っ掛けようとする。(意外にも)三太郎が読み勝ってアウトローをジャストミートするも、いつのまにか一、二塁間に戻ってた殿馬の正面に。やはり殿馬が一枚上手からと思ったらなんとまさかのトンネル。これで不知火の完全試合が破れる。つくづく殿馬に相性の悪い男ですね不知火(苦笑)。よもや味方のときまでとは。

・グラブを見る殿馬、芝を踏む殿馬、照明を見上げる殿馬(トンネルしたのはグラブが、芝が、照明が悪いんだというアピール)にいちいち「〜のせいにすな」と突っ込む岩鬼。岩鬼の突っこみの方が正しいという珍しいパターン。この二人はたいてい殿馬がツッコミ役ですが(本来殿馬はあまりツッコまれるようなキャラではない)、たまにはこんなのも面白い。

・エラーの後の殿馬、武蔵のピッチャーゴロが抜けたのを飛びついて止め、ウッドペッカートスで三太郎と武蔵を神業の併殺にとる。そういえば高一夏通天閣戦でもわざとトンネルして完全を壊した(里中を完全試合のプレッシャーから解放するため)あとに神業プレイを見せていたっけ。まさか今回もわざとトンネル?しかし不知火が完全試合のプレッシャーで固くなるタマとも、それ以上に殿馬が不知火にそんな気遣いをするとも思えないんだよなあ・・・。

・四回表、山田の打席でリリーフの中が登場。三塁岩鬼、二塁に殿馬、ツーアウトの状況で一塁が空いてるがまさか敬遠するかと実況があおって次号へと続く。
オールスターに選ばれるくらいでプロでもそれなりに活躍してるらしいのにいまだに5打席連続敬遠のこと言われ続けてるんだなあ・・・。現実世界でも後に星陵高校時代の松井を甲子園で5打席連続敬遠した(よく中の山田敬遠とあわせて語られる事件)相手校の投手はずいぶんその事を言われ続けたらしいですし。
しかし無印より後の時代の高校球児だった松井が『プロ野球編』では山田たちの先輩なんだから、時の流れを感じます。

・中は同じヤクルトの古田のリードでいきなりノースリーに。山田打つも惜しくもファール。古田がモノローグで中を「捕手冥利に尽きる投手」と抜群のコントロールに触れる。ブルペンでは坂田と里中が「古田さんって大胆なリードしよんな」「中がさせてるんだ 高校時代よりはるかに良くなってる」なんて会話を交わしている。この打席は中本人より中を信じて山田にいろんな球を試す古田の試行錯誤に焦点が置かれています。

・山田はセンターに弾丸ライナー、惜しくもスタンドに入らずフェンス直撃するがクッションボールを取った飯田が送球。山田は鈍足のためセカンドでアウトに。山田は並みの長打打ったんじゃそうそう活躍できないんだよなあ。無理せず一塁で止まっといたとしても、今度は後のランナーが走るさいの邪魔になっちゃうし・・・。

・古田いわく「名打者は名投手を育てると言うが、山田と勝負出来る時には絶対に勝つぞ・・・という執念が ここまでの投手にしたんだ・・・・・・ 不知火も土門もみんな山田で大きくなった」。考えてみると味方だった里中だけがこの法則から外れてることに。

・山田の鈍足を受けて「おんどりゃだいたい食い過ぎなんや 少しはダイエットせんかいや」という岩鬼の言葉に山田は顔を赤らめテレ笑い。殿馬が「太ってるからドカベンづら 山田がやせたらトカヘンづらぜ」とフォロー?する。かつての仲間が飛躍のためにスカイフォークや左打席やすくいあげるスイングなど開発するなかで、山田はコンスタントに努力はしてるのだが根本的に自己改良しようとかそういう試みがない。殿馬ともども完成型の男だからかもしれないですが。確かに殿馬の言う通りやせたら山田じゃないしなあ。

・パの投手はダイエーの工藤に。山田のプロ初打席の時もそうでしたが、工藤は「ルーキー相手に変化球など投げられるか」「リードはルーキーに任すわけにはいかん なんたっておれは14年選手だぜ」とかベテランのプライドを振り回すキャラとして描かれている。『プロ野球編』初期の、比較的実在選手の扱いがよかった中ではあまり待遇がよくない方かも。この巻(チャンピオンコミックス4巻)の表紙見返しには「ベテランは計算高くて面白くない。分かり易く言えば“手抜きプレー”が目立つのである」なんて言葉があるので、水島先生のベテランに対する反感が投影されたのだろうか。
別に工藤が手抜きしてる描写はないんですけどね。三太郎の狙ってるところに投げながら打ち取るすごさに山田が感心する描写が入ってるのでちゃんと評価はしてるようでもありますし。でも結局は岩鬼のエラーで点入れられちゃうあたりやっぱり損な役回り?

・岩鬼対リリーフの大魔人佐々木(横浜)対決。岩鬼の挑発に力んだかベースのはるか前でワンバウンドの悪球になったのを岩鬼場外ホームラン。『大魔人打たれるとたんにはにわの武神像と化します』。この後もよくあるネタの初出(苦笑)。大魔人が埴輪になったり逆に埴輪が大魔人になったりは『極道くん』でもしばしば出てきました。

・打った岩鬼は一塁ベース踏み忘れたまま二塁へ。そのまま二塁を踏むのを待ち望むファースト武蔵と踏みそうで踏まない(夏子に呼ばれたような気がして途中で立ち止まった)岩鬼の攻防(?)。夏子の名前が『プロ野球編』で初めて登場します。
結局一塁を踏まずに二塁ベース踏んでしまった岩鬼はホームラン取り消し。「一塁ベース踏んでまへ〜〜ん」という武蔵の言い方(審判へのアピールの仕方)が可愛い。

・ここで去年11月に夏子とシーズン終了まで会わない約束をしたくだりが岩鬼の回想で描かれる。言い出しっぺは夏子の方。当分は色恋に気を取られず野球に集中してほしいという言葉といいロケーションといい、なんか古風な恋愛模様な感じです。
この二人には『大甲子園』終盤のエンタイトルツーベースといい不吉な予兆が多い。無印では高二秋に他の男になびいたり岩鬼への愛情があるんだかないんだかあやふやだった夏子だけに体よく岩鬼を遠ざけたようにも見えちゃうんだよなあ。後の展開を思うとなおさら。

・佐々木の球を「こんな球相手にしてたらツキ指するづら ピアノ弾けねえづらよ」と見逃し三振する殿馬。いやそれはどーなのよ。とっさに指をかばって打つのをためらったというならまあそれも人情かと思いますが。いくら公式戦じゃないからって手抜きするんじゃない。高二夏はハイジャック事件の傷をおして弱音ひとつ吐かず白新戦後の全試合出場してたってのに。

・山田の打席に影丸がリリーフ。犬神いわく影丸は「土門より10キロも遅いボール」だとか。しかし影丸が劣ってるかというとそうではなく、山田評は「球の速さは土門さんの方が速いがキレのいいのは影丸だ 土門さんがマサカリなら影丸はカミソリだ・・・・・・」だそう。速いだけが能ではないですね。

・山田と影丸の読みあい。しかし影丸の方は内心が描かれずセ・リーグベンチの中たちが影丸の考えを推測して語る形をとっている。結局ストレートを狙い打った山田が第一号ホームラン。
四回表といい昔のライバルたちが山田の打席で出てくるパターン(次の打席でも犬神がリリーフする)で、ルーキーなのにそれだけマークされる山田のすごさを印象づけます。オールスターだからこそ高校時代のライバル対決で盛り上げてやろうという気分がセ側にもあるんでしょうけどね。

・山田の活躍に「凄い・・・・・・凄すぎる」と青ざめる里中の横で「同じパ・リーグで良かったで この山田 一年中倒しがいがおまっせ」と余裕の発言をする坂田。坂田の楽観主義がうかがえるシーン。ここで山田への闘志を改めて強めたことが翌年の自主トレスパイに繋がるのだろうか。

・ブルペンで坂田とテレビを見てる里中は「わいの出番どないなってまんねん」という坂田発言を受けて(?)無言ながら心持ち不安そうな表情。一軍でそれなりに活躍してる坂田の出番が危ういのなら二軍でさえ投げてない自分はどうなのか。そんな不安が胸をよぎったんでしょうね。
そこへ「いや里中 おまえの出番は必ずある」と笑顔で言う土井垣。はっきり不満を口に出した坂田でなく何も言っていない里中の方にその内心を察してすかさずフォローする。土井垣さんのよき先輩ぶりを久々に感じました。

・四番松井の打席を前に土井垣に二万円の賭け(松井を抑えたら二万円よこせ)を持ちかけたうえ、嬉々として志願登板する坂田。高校時代から変わらない彼のキャラの一貫性とからっとしたがめつさはいっそ清清しいほどです。

・坂田の家は相変わらずボロの木造。「坂田」の表札がある。そこでテレビを見てるお鹿ババア。坂田はマウンド上でVサインならぬ二万円で賭けたのサインをババアに向けて示す。二人の絆の強さを感じる場面です。そしてなんと三球三振をやってのける。「す 凄いなあいつ 金がかかると人が変わる・・・」。ちょっと笑顔の里中とめげてる土井垣の対比が何か面白いです。

・山田の打席に現在広島の犬神リリーフ。思えば高校時代犬神が初めてそのベールを脱いだのも山田の打席でのリリーフだった(山田のみのワンポイントリリーフ)。その犬神は古田に向かってサインは自分が出すと主張。「オールスターが終われば敵でしょーがよ 敵の捕手のサイン通り投げるバカがどこにいるかよ」。ルーキーらしい可愛げが全くないところはいかにも犬神らしいです。

・第一球からいきなり死球まがいの球。それを見た岩鬼は「ウフフフおもろなりそやないけ 上等やで ぶつけてみいや わいが許さんで あんな奴でも球友やで わいの正義感が許さんのや」。岩鬼の友情と男気を感じる台詞です。2、3球目も大きく外れ、4球目では古田に立つよう指示を出す犬神。二死ノーストライク、まさか敬遠か?と思ったら本当に敬遠だったのにブーイングの嵐が起きる。
元チームメイトの武蔵も「やってられんぜ これだけのファンを敵に回してまでもおまえに打たれたくないのかよ あいつそんな野球で楽しいのかよ」などと言う。殺人野球の人とも思えないような発言。しかし犬神のヒールっぷりを見るにつけ、彼がオールスターに選ばれたのが不思議になってきます。

・犬神は牽制で一塁に出た山田を刺すもボークをとられる。しかしそれは確信犯的行為だった。その後内野手を定位置に戻し山田のいる二塁を無人にしておきながらまさかの二塁牽制、センターから走ってきた飯田がジャンピングキャッチで山田を刺す。
観客からのブーイングを受けて「しょせん投手とは孤独なものよ」などとうそぶいた後に「殺すのはひとりとは限らねえぜ」とコンビプレーを決める。あの犬神だけに、それも「オールスターが終われば敵でしょーがよ」「しょせん投手とは孤独なものよ」発言などで彼の孤立感を際立たせたあとだけに、呉越同舟のチームプレーで山田を刺す場面が鮮やかかつ爽やかでさえある。飯田のジャンピングキャッチの見事さも絵的に興奮度を高めています。

・ブルペン捕手を務める土井垣は平静を装ってはいるものの里中の球に不安いっぱいなのがありありな様子。一方で実況は『主役の登場を待っているのです』などと里中登場をあおる。主役なんだ!?実際パの投手陣のトリですからねえ。

・ついに初めてプロのマウンドに上がった里中のモノローグ。「苦しかった鹿児島キャンプ しかしそのキャンプの途中で二軍行きを宣告された しかしもっとショックだったのは その二軍でもおれ以上の投手がゴロゴロいたことだ オープン戦に入る ・・・・・・しかしおれはボールさえ握らせてもらえなかった 基礎体力不足・・・・・・とオレは来る日も来る日も走った 4月7日の開幕はおれの本格的なピッチングの始まった日だった 袴田コーチとのマンツーマンの練習の毎日だった」。
キャンプ入りまではファンに騒がれたりする華やかな場面が描かれてた里中がその後表舞台から姿を消してしまってるので(一軍入りを胸に期してランニングする姿とかしか出てこなくなる)キャンプで脱落したんだろーなとは察せられたのですが、こうして詳細がわかってみると改めてへこみます。無印でも人一倍練習してた印象なのにそれでも「基礎体力不足」・・・プロの壁は大きいですね。

・久々の山田・里中バッテリーの最初の相手はヤクルト捕手の古田。山田はいきなり130キロ台のストレートをど真ん中に投げさせる。スピード・コースとも打ちごろすぎてかえって意表をつくという度胸のよいリード。ベテラン古田とルーキー山田、二人の捕手の壮絶な読み合いがこの打席のキモになっています。

・二球目は古田をのけぞらすインハイのストレート。山田はタイムかけてマウンドへ行くことで古田にコントロールミスと思わせる。土井垣は元明訓の先輩・監督だけあって、これがコントロールミスとみせて古田をはめる策と見抜いている。今度は土井垣も含めた三人の捕手の思惑がモノローグの形で錯綜して、さらに緊張感を高めています。

・三球目、山田のサードゴロ狙いのゆるいシュート(ボール球)を古田あやうく振らず。「このシュートがもう少し速かったらおれは振っていた・・・サードゴロだった」。土井垣はいいリードだと山田を評価。四球目はゆるいストレート。アウトコースとみせてインコースの球を狙い通りと古田はレフトスタンドへ。しかし山田が力を抜かせたために惜しくもファールになる。まさにぎりぎりの攻防。この一打席に水島先生も相当精力を注ぎこんだろうことが感じられます。

・里中がロージンを使わないことでサトルボール(決め球)ではないと読んだ古田、ストレートを狙うが来たのは外角のカーブ。山田の狙い通りの展開だがそれでも古田はファールで逃れる。その後も山田がことごとく裏をかくもファールでねばられる。やはりベテラン・強打者だけに古田が一枚上手という感じですが、古田も内心「確かに球に力はない・・・ないが山田のリードと里中のコントロールはたいしたものだ」とこのバッテリーに舌を巻いている。これほどの捕手・打者に褒められると何だか嬉しくなってきます。

・サトルボール(なぜかカタカナ表記)はシュートにしてはスピードがないらしい。狙い通りのサトルボールで三振の予定がボールに取られてしまう。主審の厳しい判定。さんざん引っ張ったうえでの決め球投入が失敗に終わり、手の内を全部さらした格好の里中はついに投げられる球がなくなってしまった。
このピンチに山田はあえてもう一球サトルボールを要求。しかし里中がロージンを取ったことで古田はサトルボールと読んで狙い打ちする。山田の細心のリードを里中のミス(ロージンを使わなければそれだけ手が滑る危険は高くなるのだからミスというのも気の毒なんですが)で無にしてしまったという辛いシチュエーション。先に古田が里中がロージンを使わなかったことでサトルボールじゃないと読んだシーンがあることがこの場面をなお際立たせています。しかも決め球じゃないのがわかるのと決め球だとわかるのでは重みが違いますからねえ(前者はサトルボールじゃないとわかっただけで何の球を投げてくるかがわかったわけじゃない。球種の豊富な里中が相手だからなおのこと)。

・古田に狙い打たれ、あやうくライト前ヒットになるところを殿馬が華麗にジャンピングキャッチ。白鳥が舞うかのような優雅な動きが実に殿馬らしく、明訓時代華麗にして鉄壁の守備で何度となく里中のピンチを救ってきた姿を彷彿とさせます。

・ついに打ち取られた古田に続き、9番の飯田もストレートを狙い撃ちしたものの岩鬼の横っ飛び守備にツーベースならず。加えて岩鬼はスピード送球で飯田を一塁で刺す。殿馬に続いて、岩鬼も持ち前の瞬発力・強肩を活かした名守備でこれまた里中の初陣を見事に支える。
ファール以外の球を打つまでに大分かかった古田に比較して飯田はあっさりヒット性の球を打っている印象ですが、それは古田の打席を一球一球じっくり描いた分テンポを出すために次の打席は短くしたというのみならず、土井垣が危惧したように古田の粘りによって里中の持ち球を全部投げさせられたがゆえに以降の打者が有利になったというのが大きいように思います。この後も里中は古田の打席での頑張りが嘘のように、野村、代打の落合と立て続けに打たれてますし。

・このアウトに「やったあさっとなかちゃーん 打たせてアウトにした いいぞいいぞ」と歓声を張り上げる観客席のサチ子。岩鬼が「何ぬかしとんねんどブスチビめが!!わい以外やったら三塁線抜けとる ツーベースコースやで」。これは岩鬼の言い分が全く正しいんですが、サチ子のあからさまな里中びいきっぷりが、里中が逆境の中にある時期だけに一条の光明のごとくに輝いています。
無印時代から里中欠場のときさえ「がんばれ里中ちゃん」と書かれたハチマキを締め里中個人の応援団のようだったサチ子ですが、『プロ野球編』に入ってからはさらに里中ひいきっぷりが加速しているのが、オールスターファン投票をめぐる言動などに感じられます。

・続くバッターは1番野村。一球目は高めのボール球から入ったのに、野村は力がない球だから叩こうと狙ってこれを打ちセンター前ヒット。もはや里中の投球のみならず山田のリード自体も通用しなくなっている、それも元を正せば里中の球威がなく古田の打席で球種を見せきってしまったせい、という危機感がつのります。
そして二死一塁で代打落合。土井垣が急いでリリーフの平井の肩を作らせ、投球練習の球を受けながらこの球なら抑えられると考えているのが、いよいよ里中の実力不足&降板の時が来たことをうかがわせてなんとも辛い場面。

・山田は野村の初球スチールを読みながらもあえてカーブを投げさせて走りやすい状況を作り、脅威の強肩で二塁へ送球。野村あわてて一塁へ戻りあやうくセーフ。これは野村の足を止めて(一回盗塁に失敗すれば以降走りにくくなる)落合に集中できるようにという山田作戦。こんな状態でも山田はまだあきらめずこれ以上里中が打たれないために知略を尽くしている。山田の踏ん張りに何だか胸が熱くなります。

・しかしかえって落合は自分に集中できる二球目は99%サトルボールと読んで狙い撃ちしてくる。そして殿馬の守備も届かずライト前ヒット。ここでサトルボールを読まれてると踏んであえて他の球で勝負することをしなかったのは山田の甘さなのか、もはやサトルボール以外の球では読みを外したところで打たれるに違いない、サトルボール一択しかないと感じたゆえなのか。古田の打席での山田の好リードっぷりを見ていると後者な気がしてきます。
実況の『古田も飯田もアウトにはなっていますが 当たりそのものは会心でしたから四連打のめった打ちと言っていいでしょう!!』という台詞が痛い。ここでハラハラしながらテレビ観戦している袴田ロッテ二軍コーチの姿が挿入されるのが、この後の「里中やめろー」→禁断のスカイフォーク、という流れへの布石になっています。

・三番江藤。里中インコースへ投げるもデッドボールで二死満塁にしてしまう。この期に及んでデッドボールとは。東尾監督がベンチを出ていよいよ交代の気配。そしてスタンドのファンの猛抗議の声→ストッパー平井の登場→『ああ〜〜 しかし一番悔しいのは山田でしょう 全てを知り尽くした里中を男にしてやれなかったのですから』『里中交代です!!』という実況→4番松井登場。ここで連載の切れ目。これ雑誌でリアルタイムで読んでた人はハラハラしたでしょうね。すごい引きです。

・東尾監督に声をかけられた里中は落ち着いた笑顔で「分かりました」と答える。少し前まで青ざめていたのが嘘のような落ち着きに、里中が降板を覚悟してせめてこれ以上の醜態をさらすまいと懸命に気を張ってるのが感じ取れて、なまじ動揺をあらわにするよりなお痛々しいです。

・その里中はいきなり東尾監督から「任せたぞ」と言われて「え」と驚く。ベンチに戻った監督が語ったところでは、山田の目が何とかしてみせると言っていた、その目に賭けて続投させることにしたのだとか。これだけ降板必至の状況を作っておいてそれを劇的に(それも感動的な理由で)引っくり返す。観客席から“投手出身だけに投手の気持ちがわかってる”と称賛の声が飛んでいるように、東尾監督にも上手く花を持たせた見事な展開だと思います。

・山田は里中に「このピンチはふたりで作ったものだ 他の投手に後始末を頼む訳にはいかない ふたりで抑えるぞ!!」と笑顔で声をかける。たぶん山田のリードが悪いと思ってる人間は誰もいないだろうに、「ふたりで作った」という表現で里中のプレッシャーを軽くし、同時にバッテリーの結束を高める。山田の名捕手ぶりがはっきり表れた台詞です。

・松井に対しサトルボールを連投するもインコース、アウトコースともきわどいファールにされてしまう。いよいよ投げる球のなくなった局面で山田のリードに里中が首を振る。何のサインを出しても首を振り続ける里中に、球種は高校時代と同じと聞いていた山田は途方に暮れるとともにスポーツ紙が報じた真偽定かならぬ里中の秘球の存在を思い出す。
山田のモノローグを通して読者にも秘球の存在を思い起こさせ、さらに袴田コーチの「里中やめろー」という声が入ることでますます秘球が存在する可能性を高めておいて、ついに秘球=スカイフォークの初登場というじわじわ来る盛り上げ方が見事です。

・球の軌跡が三コマ使って描写され(途中で山田の「やけくそボールだ」というモノローグが入るのが「この期に及んで失投!?」と一瞬緊迫感をあおる)、さらにスイングの瞬間を正面と山田の後ろからと二種のアングルで、バットを振り切ってボールが落ちた瞬間は正面からじっくりと描く(じっくり描いてるわりに肝心の落ちる部分の軌跡はぼかしてあるので、秘球のミステリアスさはしっかり保たれている)
この球を山田は受け損ない後逸。投げた瞬間までは禁を犯す決意をしたゆえに青ざめながらも強い意志をうかがわせる表情をしていた里中がここで完全に顔色を変える。せっかく覚悟を決めて秘球を投げたというのに後逸→振り逃げされたのでは結局里中の勝手のせいでパ・リーグをよくて同点、悪ければ逆転負けにさせてしまうわけだから当然の反応でしょう。
しかし松井は呆然とした表情でバッターボックスに立ち尽くしたまま。ややあって「何だ今の球はー!!」と叫ぶ。単に空振りするだけでなく振り逃げする気持ちも起きなくなるという形で秘球のすごさが思い切り強調されています。

・里中は内心で「袴田さん すみません 「スカイフォーク」使ってしまいました」。謎の球について「スカイフォーク」という名前だけは明かしておくことで、フォークという以上やはり落ちる球だったんだろう、しかしフォークはアンダーじゃ投げられないはず、里中も高校時代フォークだけは上から投げてたし今回投球フォームは明らかにアンダースローだったのに、と読者に疑問を抱かせることで具体的な投法が明かされるまでかえって謎を深める。初出の時のサトルボールにも似た演出です。

 


(2012年7月13日up)

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