アフラ

 

 『聖者の涙』登場。麻薬組織の総元締めというべき存在。自身が開発した究極の麻薬「神酒(ソーマ)」なしでは一時間と生きられないため、常時「ソーマ」を満たした特製容器に漬かっている。麻薬を全宇宙に蔓延させることによって恒久平和をもたらすことを目指している、らしい。

 今作のラスボスであり麻薬による廃人を量産している大悪人、のはずなのだが、この人の前歴を思うとどうにも憎めない。というか不憫ささえ覚えてしまう。もともと彼はシャンカールという名の科学者だった。麻薬中毒に苦しむ人々を救うべく特効薬の開発に苦心し、ついに完成させた薬を実用化を急ぐあまり自分自身で実験した結果その薬=「ソーマ」なしでは生きられない身体になってしまった。それこそ「聖者の涙」普及に勤しむロックと張れるくらいの超善人だったのだ。それが善意が仇となって自身が最悪の麻薬中毒に陥るはめになった。実用化を焦った理由が功名心のためでなく一人でも多くの人間を救いたいという使命感のゆえだったというのも実にやりきれない。理想に燃えていたシャンカールが自身の身体に起きていることに気づいた時どれほどの衝撃を受けたのか、「すべての人間が麻薬を必要とするようになれば それはもう「麻薬」ではなくなるはずだ」という理念のもと自ら麻薬をばらまく「アフラ」へと転じるまでにどれほど苦悶したのか、想像に余りありすぎる。この180度の転換がそのまま彼のショックの大きさを表しているようで、その変貌の過程が描かれていないだけになおさら苦しみのほどが思われて、つい同情せずにはいられなかった。

 しかし今回久々に読み返してみて、彼はそこまでショックを受けてはいなかったかもしれないと思えてきた。アフラはロックに「ソーマ」は「麻薬中毒はおろか 老化や精神障害まで防ぐことができる さらに普段は使われていない脳の機能まで 活性化することができる 思考速度が上がり 記憶力集中力は何倍にもなる」と語っている。つまり「ソーマ」中毒が進んでいく(最初に「ソーマ」を試した段階では実験後2時間以上経っても普通に行動していた。禁断症状が出て投与を繰り返すうちに薬の量が増え効力が切れるまでの時間も早くなっていったのだろう。加えてロックに「ソーマ」を使ったさいに「普通はショックで死ぬんだがね」と話していることから、最初にアフラが自身で試した「ソーマ」は後のものに比べてまだ毒性の弱いものだったと想像できる)過程は、同時に脳の機能が格段に活性化し老化も克服した(アフラの外見は30年前のシャンカール時代と変わらないかむしろ若返っているうえ明らかに美形度が増している)〈超人〉へと彼が変化していく過程でもあったわけだ。通常人が遠く及ばない能力に目覚めてゆきつつあった彼は同時進行で人間らしい感受性を失っていったのではあるまいか。遺伝子レベルで心身を作り変えられたのだから、人格面においてもほとんど別人と化してもおかしくない。彼の考え方の変貌は精神的なショックより肉体の変化によって物理的に引き起こされたもののように思えるのである。加えて科学者だけに己の知を恃む傾向も強かっただろうから(だからこそろくな臨床実験も行わずに新薬を自分の身体で試すような無茶をやらかした)、その知力が何倍にも増大していく悦びもあったに違いない。

 そして麻薬の絶滅から普及へと方法論は180度変わったものの、彼がこの宇宙から「麻薬」を失くそうとしていることには変わりはない。全ての人間が必要とするならもう「麻薬」ではない、そして麻薬が無料ないし日用品を買う程度の価格で手軽かつ潤沢に入手できるようになれば禁断症状に苦しむ人間もいなくなる。中毒患者は薬とインフォビジョンがあれば「王侯貴族の気分でだって暮らせる」。「聖者の涙」でも救えないほどの重症患者(ロックがルイーズに「君のおじいさんにやられた人たちだよ」と見せた人たちがそうだろう)でも「ソーマ」でなら完治させられる(代わりにアフラのような「ソーマ」中毒になるだろうが)。かつてのシャンカールが望んだ形とは違うはずだが、中毒患者を救済していると言えば言えるだろう。「粗悪な薬は大勢の人を殺すから 破壊しなくてはならないのだ」という発言からも、アフラが人を殺すことを良しとしていないのがうかがえる。

 加えて麻薬を広めることは戦争に対する抑止力ともなる。アフラが例にあげた「タラケル」のように薬を買う金が必要なため軍資金がなくなった場合もあるだろうし、ロックが質問したように戦闘員及びその予備軍を「薬づけ」にして戦闘不能に陥れるケースもあったことだろう。やり方の是非はともかく麻薬の普及が「平和」をもたらしたには違いない。ラインハルトが「アフラ様は この宇宙から全ての争いごとをなくそうと本気で考えていらっしゃるんです」と崇拝する所以である。

 ただアフラは全くの慈善事業家とも言い切れない。「人類の住むすべての星が この私の手の中に入るのだ」「せっかく手に入れたのだ・・・ この宇宙を支配するかぎを・・・」といった発言からは、自身が宇宙の覇者になろうという野望が感じられる。ただこれはある意味当然の流れではある。麻薬を通じて中毒患者を救済しよう、麻薬を蔓延させることで戦争も阻止しようと努めれば、それらの慈善行為を効率良く行うには人類を完全管理のもとに置くのが最適という結論に必然的に行き着く。そしてこの場合の管理者とは「ソーマ」の開発から普及計画の一切を先導してきたアフラ当人にならざるを得ない。誰かを、それも理性的な対話が成り立ちそうもない麻薬中毒患者を救済しようとする利他的試みは、相手を支配しようという利己的行動にいつしかすり変わってしまうものなのだ。これは一人でも多くの人間を助けたいという善意に付き物の落とし穴とでも言うべきもので、アフラはそこにまんまと嵌まってしまったわけだ。もっとも多数の人間を救済しようと試みてこの罠に嵌まることも挫折することもなかった人間がどれだけいるものか。それこそロックのように妥協を重ね、目の前の人間を細々と救うことにシフトするしか〈傲慢の罠〉を逃れる方法はないのかもしれない。

 ところで上で引いた「せっかく手に入れた」「宇宙を支配するかぎ」とはロックのことなのだが、なぜかアフラは「超人ロック」を手に入れること=宇宙の全てを手に入れることとみなしている。確かにロックは銀河最強・不老不死と言われる伝説のエスパーなのだが、パパ・ラスがロックその人と気づくまでと気づいてからでは彼に対する執着のレベルが格段に違う。それまでだってロックは一人で「工場の星」を破壊しかねない力を示していたし、そのロックを圧倒しアフラが止めなければ殺していただろうエルナもとんでもない強さである。なのに「パパ・ラス」やエルナ、これも十二分に強いラインハルトを配下としながら、アフラは「超人ロック」一人の方が彼ら全員に勝ると感じているようなのだ(実際「「帝国」のテクノロジーに詳しく ラインハルトやエルナなど及ばぬ「力」の持ち主」と評している)。ロックを手に入れる=宇宙を支配できるなら、(少なくとも現時点では)歴史上唯一ロックと結婚し死ぬまで生活を共にしたミラは宇宙を支配していたのか?そもそもロック自身だって宇宙を支配なんかしていない(できない)だろうに。この「超人ロック」に対する信仰にも似た異様な思い入れはいったい何なのか。

 キーになるのが、彼が「ソーマ」の供給が失われたことで急速に身体が崩壊していきながら「キミの「力」で私の体の崩壊をくいとめる」と平然としていることだ。実際アフラはいまだ「ソーマ」の支配を完全には脱していないロックに暗示を送って身体の再生を行わせている。ロックの正体に気づくなり、ソーマを中に湛えた特殊スーツを自ら破って生身で彼を追ってきていることからも、「ソーマ」がなくともロックさえいれば身体を保てると考えているのがわかる。ちょうどこの時どういう理由でか(アフラとカルノ博士の会話からすると、新型の循環装置=特殊スーツがソーマに浸かりながらの移動が可能になった代わりに内包せざるを得なかった構造的限界によるものっぽい)、これまで30年にわたって彼の身体を支えてきたはずの「ソーマ」があと4日そこらで効力を失うという危機が迫っていた。そのリスクを冒しても移動の自由を得る必要があったということだろうが(薬漬けの星を次々内乱に導き、いよいよ本格的に宇宙を支配下に置こうとしていたからか?)、彼は緊急に循環装置以外の方法で身体の崩壊を防ぐ手段を見つけなくてはならなかった。

 ただ仮に「ソーマ」が「ただの泥水になる」事態が起こらず、これまで通り「ソーマ」に漬かったままの生活が可能だったとしても、彼はロック─身体の崩壊をくいとめてくれるエスパーを手に入れようと望んだだろう。「宇宙を支配する」と言いながら彼は実質あの部屋から出ることができない。部屋どころか「ソーマ」を満たした循環装置から離れることさえできない。彼は「ソーマ」によって〈超人〉となったことを決して後悔していない、むしろ誇りとしているだろうが、自分の支配下にあるはずの星々を自ら訪れることもできない状況、それが不可能な己の肉体を恥じる気持ちもあったのではないか。身体の崩壊を防いでくれるエスパーが常にそばにいてくれるなら、彼は自分の足でどこへでも出かけてゆき、〈臣民たち〉に自ら語りかけることもできるようになるのだ。

 しかしなぜ「超人ロック」ならアフラの身体保持が可能だと思ったのか。不老不死というからには代謝調節能力があるはずでそれが役に立つと考えたのか、それとも「あの」超人ロックなら不可能はないはずという「信仰」ゆえだったのか。アフラの暗示に支配されている、「ソーマ」の支配を自力で打ち破れなかったこと自体がロックだって完全無敵じゃないことの証拠なのだが。このロックに対する過大評価はイセキが言ったように「人間は 自分の信じたいものを 現実だと思い込む」がゆえなのかもしれない。

 もう一つ疑問なのが彼がエスパーとしか思えない描写が多々あること。ラインハルトに語ったところでは「私はエスパーではない だが 私にはどんな超能力も効かない 私に向けられたあらゆる力を反対の方向に返すことができる」というが、ラインハルトに攻撃を受けたあと全身ボロボロになりながら反撃に転じたときアフラは明らかにテレポートを行っている。少し前でロックに「ぎりぎりにテレポートするつもりだろうが テレポートで助かるのは私の方だぞ」とも話していて、空間転位装置的なものを利用している可能性もまずない(全裸だし)から、テレポート能力があるのは確かのようだ。ならばそれはもう超能力を持っているということにならないか。そもそも「ソーマ」によってあらゆる薬物が効かない身体になるのはわかるとして、超能力による物理攻撃にまで耐性どころかカウンター能力を発揮できるようになるのは理屈に合わないのではないか。むしろ「ソーマ」によって常人では眠っている潜在能力が引き出されたというのなら、本人が自覚してないだけで実は超能力に目覚めていたと考えた方が筋が通る。・・・案外ロックの力を借りなくても自分自身の力で「ソーマ」無しの延命も図れたのかも。

 

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